2017年6月25日(日)「神はどこに?」

☆6月25日(日) 11:00~12:15

☆招詞 マタイによる福音書 5:43〜45

☆宣教 森 淳一牧師 「神はどこに?」

☆聖書箇所 コリントへの信徒への手紙一 1:18〜25

1:18 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。

1:19 それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする。」

1:20 知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。

1:21 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。

1:22 ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、

1:23 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、

1:24 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。

1:25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

(新共同訳)

【写真はこれまで約20年間お世話になった砂利を敷いた教会駐車場。今週、ついにアスファルト舗装されます。】

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