2020年4月26日 宣教題「さあ、来て、朝の食事をしなさい」

4月26日メッセージ

聖書:ヨハネ福音書21章1~14節

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それぞれご家庭で礼拝をささげておられる皆さん、おはようございます。

今朝も聖書の言葉にこころを留めるひとときを過したいと思います。

 さて、今日の宣教のはじめに、短いエッセイをご紹介します。アナウンサーの山根基世さんの文章です。「卑怯だった自分を思い出す」とタイトルが付いています。「小学校4年生の時のこと。クラスに一人、軽い身体の障がいを持った男の子がいた。頭のいい人で、口数は少なかったが、口を開くときは寸鉄(小さい刃物)人を刺す言葉を投げつけるようなところがあった。周囲から傷つけられることが多く、繊細な心をヤマアラシのように針で覆っていたのだろう。その頃の私は、無邪気な正義漢。『差別はイケナイ!』と固く信じ、こっそり彼を守るような気持ちさえ抱いていた。ところがあるとき、何が原因だったか、どんな内容だったかは覚えていないが、彼から思いがけず鋭い言葉で侮辱された。瞬間、怒りで逆上した私は彼に、決して口にしてはならない言葉を投げつけていた。以来、自分の言ったその言葉を忘れたことはない。翌日、(その男の子の)母親からの申し出があったらしく、教壇で先生が、その子に対して暴言を吐いた覚えのある者は前に出なさいとおっしゃった。4、5人の男子が出て行った。胸が震えた。私も出るべきだと思ったが、どうしても出ることができなかった。

聖書で、イエスが逮捕された後の『ペトロの否認』を読むと、あの日の胸の震えがよみがえる。罪深く卑怯だった自分をおこがましくも、イエスの愛弟子ペトロに重ねてしまうのだ。(フランシスコ会訳)『一人の下女が、炎に照らされて座っているペトロを見つけ、しげしげと眺めながら、【この人もイエズスと一緒にしました】と言った。しかしペトロはそれを打ち消して、【いや、わたしはあの人を知らない】と言った。しばらくして、ほかの人がペトロを見て、【お前も、あの仲間だ】と言うと、ペトロは【違う、わたしは違う】と言った。一時間ほど経ってから、また別の男が【確かに、この人もイエズスと一緒にいた。この人もガリラヤ人だから】と言い張った。しかしペトロは【違う。君の言っていることは、わたしにはわからない】と言った』…(中略)…。聖人ペトロさえ、こんな弱さを抱えている。しかし、この後ペトロは変わっていくのだ。私は、変わることができただろうか」…。

 山根さんは、イエスさまが逮捕された後の、ペトロがイエスさまを「知らない」と否認する物語を取り上げて、ご自身の経験に重ねておられました。3度、イエスさまを知らないと言ったペトロ…、しかし、復活のイエスさまは、その後、そのペトロに出会い、再び信仰へと招いていかれました。今回、教会学校のプログラムの関係もあって、その物語は直接には取り上げませんが、少し触れますと…、今日の箇所の直ぐ後に、その物語が出てきます。3度、イエスさまを知らないと言ったペトロに、復活のイエスさまは、同じように3度、「わたしを愛しているか?」と尋ねます。ペトロは、3度、イエスさまに「わたしを愛しているか?」と問われたとき、「悲しくなった…」と聖書に書かれています(21:17)。山根さんも心に痛む物語…、ペトロは、十字架の直前、イエスさまを「知らない」と言ってしまったあの出来事を思い起こし、こころ痛む思いで悲しくなったのでしょう。イエスさまに、あの日の出来事を思い起こされ、悲しみが込み上げてきたペトロ…。もちろん、ペトロや、山根さんばかりではないのです。私たちの誰もが、毎日の具体的な生活の場面で、復活のイエスさまから「わたしを愛しているか?」と、問われているのではないでしょうか?…。「イエスさまを愛する」とは、言い換えれば、イエスさまの「思い」を大切にすることでしょう。そして、「イエスさまの思い」とは…、私が「ヨハネ福音書」で思い起こすのは、イエスさまが十字架にかかる前の晩、3度自分を「知らない」と言うことになるペトロの足を…、また、自分を十字架に売り渡していくユダの足を…、腰にまとった手ぬぐいで綺麗に拭ってくださりながら、「わたしが、あなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(13:34)と言われた、その「思い」です。

日々出会っている人たちを…、いつも共に生きている人たちを…、大切にしていくとき、私たちは「イエスさまを愛して生きている」、そう言うことができるかもしれません…。けれども、実際には、「互いに愛し合う」ということ…、それは、何と難しいことでしょうか?…。隣を生きる人を、愛する(大切にする)ことができない自分…、そうした自分の姿に気づかされるとき、私たちはペトロと同じように、イエスさまとの関係を否定してしまっている…、そういう事になるかもしれません。人を愛することは、「自分の大切な何か」を差し出すことでもあるでしょう。あるいは、「自分に死ぬ」と表現できることでもあるでしょう。しかし、そこに、愛することの難しさがあります。その「難しさ」を乗り越えることは難しい…。ペトロを例に出さなくても…、山根さんの話しを持ってこられなくても…、その「難しさ」は、誰もがよく分かっているのです。自分のプライドが許さなくて、素直に非を認め、あやまることができない…、そういう“わたし”があります。自分の「正しさ」に固執して、相手の立場に立ったり、相手に1歩も歩み寄ったりすることができない…、そんな“わたし”もいます。あるいは、自分を差し出し続けていたら、自分の生活が成り立たない…、そんな恐れに囚われている“わたし”も、あるかもしれません。誰もが、愛に生きることを願いながら…、隣を生きる人を大切にしたいと思いながら…、しかし、いざ、実際の生活になると、「自分に死ぬ」など、とてもできないのです。心が…、からだが…、こわばってしまう。それは、まるで、イエスさまの愛さえ信頼できなくて、「自分」というものに閉じこもる…、戸に鍵をかけて閉じこもる(20:26)…、そんな弟子たちの姿と同じかもしれません。けれども、こころの戸に鍵をかけ、自分の「正しさ」にだけ生きてしまうような“私たち”に…、復活のイエスさまは何度も寄り添い、何度も関わり、「光」の方へと招いてくださる。人間、誰もが、不完全で、どこか偏っていて、結局のところ自己中心で…、でも、そういう“私たち”を、そういう弟子たちを、諦めない…。それが「ヨハネ福音書」の復活のイエスさまの物語ではないか?…。今回、改めて、「ヨハネ福音書」を読んできて、そうした事も感じました。

 昨年の12月の最後の日曜日から、4月の終わりの日曜日まで「ヨハネ福音書」を読んできました。今日で、一旦、この福音書を読み終えますが…、21章1節には、次の言葉がありました。「その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちにご自身を現された」。「その後」とは、前の話しを受けています。イースター礼拝から、これまで2週に亘って「復活のイエスさまの物語」を読んできましたが、その話しも、今日で3度目なのです。しかし、復活のイエスさまの「三度目」(21:14)の物語にしては、どうして、弟子たちは、故郷ガリラヤに帰って漁をしているのか?…。なぜ、そのような場面(舞台)設定なのか?…。今日のお話しは、その始めから、少し謎のある物語です。

 解釈の1つとしては、『聖書教育』誌にもありましたように、弟子たちは復活のイエスさまとの出会いを経験したものの、なかなか立ち直ることができず、失意のうちに故郷ガリラヤに帰り、ペトロなどは「もう一度、漁師に戻って、生活しようか?…」と思ったのかもしれません。しかし、それは、心機一転、希望のある新しい歩みのことでは“ない”のです。「ヨハネ福音書」は、まずそのことを、弟子たちの漁の様子に描いているでしょう。21章3節「シモン・ペトロが、『わたしは漁に行く』と言うと、彼らは、『わたしたちも一緒に行こう』と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった」。「ヨハネ福音書」は、弟子たちの、この漁の様子に、何を言おうとしているのでしょうか?…。舞台で言えば、続く4節から物語の空気はガラリと変わっていきますので、やはり、この3節の「夜」という言葉や、「何もとれなかった」という言葉に、メッセージが込められているでしょう。たとえば、それは、この世の「闇」を現わしているでしょうか?…。何か虚無的なものを…、ポカンと空いたような穴を…、イメージすることもできるでしょうか?…。「何もとれなかった…」、その言葉の響きに「ヨハネ福音書」が「この世」というももの、何か本質を表そうとしているような気がしました。

 「光」よりも、「闇」に取り込まれていくような“私たち”…。互いに愛し合うこと、互いを大切にし合うことよりも、“自分だけ”を生きることの方が現実的だと思ってしまう、私たち…。あれほどまでに、出会うすべての人を大切にして生きてくださった、そのような方の生涯に出会ったのに…。人と人とが共に生きることを、心からの願いとしてくださった方に…、イエスさまに…、出会ったのに…。「光」ではなく、「闇」を生きてしまう、弟子たち…、私たち…。いえ、むしろ、好んで、あるいは、諦めて、自分の方から「闇」に身を置く、私たちであるかもしれません。けれども…、忘れてはいけないのです。この福音書を読む私たちは、繰り返し思い起こしたい…。たとえ、私が、諦めようとも、「光」を諦めない方がいる。そもそも、神さまは、「闇」だと言われる“この世”に、「光」を遣わされたのです。「暗闇の中で輝く光」(1:5)…、私たちは、この福音書の最初に語られた言葉を、今日、この福音書の最後にも思い起こすのです。

21章4節「既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた」…。「夜が明ける」…、おそらく、朝日が、湖の岸に立っておられるイエスさまを照らしているのではないでしょうか…。映画にしたら、なんと美しく、また、ここに始まる“こと”を、期待させる場面でしょうか?!…。ここから、物語は一変するのです。単に「魚が沢山とれました」…、そういう話しではありません。“イエスさまがいてくださる”というならば、すべては変わる。ただその事だけが、決定的なことである。どれほど「闇」の深い世界であっても、もはや、その「闇」は最後のものではないのです。「闇」と諦めていたような現実に、温かく「光」が射して来る…。さらに、夜通し漁をして、身体も疲れて、お腹も減って…、そんなとき、火が起こしてあって、魚が焼かれていて、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」…、そんな風に温かく声が掛けられる。それが、一体、何を表しているのか?…。「ヨハネ」は何が言いたいのか?…。弟子たちは、沁みたんじゃないでしょうか…。はじめ岸に立っているイエスさまが誰かわからなかったのですけれど、一緒に漁をして、一緒に「ご飯を食べよう」って声をかけられて…、誰もイエスさまに「あなたはどなたですか?」と問わなかった、と書いてあるのです(21:12)。復活の主イエスは、私たちを「光」に生かします。「闇」の世界に捨て置かれない…。「いのち」を生かす温かい「光」を備え、その「光」を分かち合って生きる道を、私たちに指し示し続けてくださるのではないでしょうか…。

 今年の2月にNHKで放送された番組でした。「ノーナレ」といって、ナレーションの無い30分間の番組で、20年以上引きこもり生活をしてきた佐藤学(さとう まなぶ)さんという、42歳の男性の話しでした。佐藤学さんは、小学生のときに、いじめが原因で不登校になり、次第に引きこもっていったようです。やがて鬱とパニック障害を発症し、引きこもりは長期化しました。番組では、佐藤さんの生い立ちと、20年以上に及ぶ引きこもり生活のことが紹介されていきましたが、これまでのことを振り返って、佐藤さんには、お父さんとの人間関係が問題の核心にあるようでした。番組にはナレーションがありません。佐藤さん自身の言葉で番組が進行します。「僕は、小学校のとき不登校になった。だけど、父が黙ってそれを許すはずはない。朝になると、布団の中に潜り込んでいる僕の耳元で目覚まし時計を鳴らし続けた…。今、父親は、秋田に住んでいる。父親はずっと怖かった。社会で強く生き抜いてきた人、という感じ…。父親が会社から帰ってくると家の空気が変わったのを今も覚えている…」。秋田で、一人暮らしをしておられる佐藤さんのお父さんの生活の様子も紹介されました。佐藤さんのお母さんは、しばらく前に病気で亡くなっておられるようです。佐藤さんのお父さん…、高度成長時代の、夫は外でバリバリ働き、妻は家事と子育てに専念する…、そうした時代を、懸命に生きて来られた方のようです。息子の学さんについても「みんなと同じように学校に行って、社会に出て働いて、普通の生活ですよ、普通の生活をして欲しい…」、そんな話しをしておられました。

 父と子のすれ違い…、番組の最後で、佐藤学さんと、佐藤さんのお父さんとの、対談がありました。佐藤さんは、引きこもりから抜け出し、外の世界に出かけて行くために、これまでずっと引っ掛かってきた問題…、父親との問題…、まず、その問題に向き合わないことには、社会に出て行くことができないのではないか?…、と、番組の力も借りながら、お父さんとの対談の機会を求めたものでした。対談場所には、お父さんが先に居て、佐藤さんは少し遅れてやって来られ、かなり緊張した面持ちで、席に着かれました。お互いに、簡単な挨拶のあと、佐藤さんはお父さんに「質問カード」を用意しておられました。幾つかの質問と、そのやり取りがあって…、最後に、佐藤さんは、お父さんに、一番引っ掛かっていたことをぶつけられました。2人の会話です。(佐藤学さん)「僕が相談している機関で、障害者就労支援センターというのがあって、『学さんの病気を家族も理解していない可能性があるので、一度、面談したい』と言われているから、と、お父さんに頼んだら、『いや、そういう連中とは会いたくない』と…。僕からすれば、人生そのものをかけているようなものに対して、拒否するとか…、どうして、一緒に考えてくれないんだろう。勇気出して、思い切って、お父さんに声をかけても、『ダメ』って、すごく無茶苦茶だなって…」。(お父さん)「ずっと、今まで突き刺さっていたんだね…」。(学さん)「もちろん、今では、やっていくしかないなって思えるけど、ちょっとでも協力してくれれば、引きこもりから抜け出すのが、もっと早かったのかなって…」。学さんは、込み上げてくるものがあって少し席を外されました。しばらくして、学さんが戻ってきて、お父さんが次のように言われました。「今、いないあいだに考えてね。お兄ちゃんたちの家族、あの家族を見ていると、すごく子どもと一緒になって遊んでいるよね。お父さんのときはできなかったけれど、ああいうのが一番いいのかな…。ただ一つ言えるのは(ここでお父さんも込み上げる)、自分なりに子どものことを考えて…、悪いと思ってやったことじゃないんだ…。自分のやり方が学に適さないこともあったんだろうね…」。学さんは、一度、感情を放出したこともあるのでしょう、そのお父さんの言葉を静かにうなずきながら聞いておられました。そして、最後のカードに、「ありがとう」の言葉が書かれていました。学さんは次のように言われました。「今まで、自分が!自分が!しか言ってこなかった。他の人になら言えるのに、親に、ちゃんと、お礼を言ったことがなかった」…。

 家族という最も近しい間柄であっても…、いえ、むしろ、家族だからこそ難しいのかもしれません。人と人とが、互いを大切にして生きること…、互いを思い合うこと…、しかし、むしろ「できない」という現実の方が多いでしょう。「自分」というものに固執して、なかなか外に出ることができない、私たち…。心が…、からだが…、こわばってしまう。イエスさまが、どうして、これまでのことを諦めて、失意のうちに故郷ガリラヤに帰っていった弟子たちに、「さあ、来て、朝の食事をしない」(固い教理の言葉などではなく)と言われたのか?…、その事を少し思い巡らしました。人と人とが生きるとき、心が…、からだが…、こわばってしまう私たちもある。そんな私たちに、イエスさまは、それをほぐす温かいものを備えてくださるのではないでしょうか?…。佐藤学さんと、お父さんとの物語のように…、あるいは、今日のお話しのはじめ、山根基世さんが「私も暴言を吐いた一人です」と、前に出ることができなかった“自分”を思い、その自分から変われただろうか?…、と問い続けて来られたように…。「ヨハネ福音書」は、“諦めない”イエスさまの物語を証しし続けます。この世の「闇」に、しかし、輝く「光」があることを指し示し、足を洗い、食事に招くように、温かく、その「光」に、私たちを招き続けるのです。

<祈り>

愛する神さま、教会に集まっての礼拝はお休みにしていますが、しかし、それぞれの場所でささげる礼拝を感謝します。復活のイエスさまは、失意のうちに故郷に帰った弟子たちに、「さあ、来て、朝の食事をしない」と、温かく声をかけ、イエスさまと共なる食卓に招いてくださいました。私たちも、「キリストのからだ」と言われる教会に集められ、また皆さんとご一緒に食事の交わりをいただきながら、あなたに繋げられて共に生きるお互いであることを覚えていきたいと願っています。そのときまで、それぞれの場所での礼拝をお守りください。新型ウイルスのことでは、多くの人が命を奪われ、仕事を奪われ、学ぶ場所を奪われ、大切なものを奪われ、苦しみと悲しみの中にも置かれています。十字架にその独り子をお与えになったあなたが、苦しみ悲しむ方々の傍らにいて、その方々をお支えください。闇の世に、しかし、なお輝く光があることを、教会が分かち合っていくことができますように。

このお祈りを、主イエス・キリストの名前で御前にささげます。アーメン。

 

*牧師より高崎教会の皆さまへ お知らせ

・それぞれの場所での礼拝が、神さまの導きの中にありますように。

今回、主日礼拝で宣教している原稿に少し手を加え、「家庭礼拝用」としてみました。通常、A4用紙に6枚ほどの原稿を準備しますが、「聞く」スタイルの宣教ではなく、「読む」スタイルの宣教ということで、6分の5の長さにし「読者」の皆さまの負担?の軽減になればと思いました(その都度の宣教内容によってまとめられる文量が前後します、ご了承ください)。

・水曜日の祈り会も教会に集まっての集会を休止していますが、それぞれの場所での祈りのときの助けとして、日本バプテスト連盟のホームページをご覧になりますと、現在、『聖書教育』2020年4・5・6月号が無料で見ることができるようになっています。聖書を読み、続けてそれぞれで『聖書教育』を読んでくださるだけでも、聖書の学びの助けになると思います。また、『バプテスト』も2020年4月号と5月号を同じくホームページから無料で見ることができます。「協力伝道カレンダー」から連盟諸教会の祈りの課題を覚えてお祈りください。

連盟ホームページ:https://www.bapren.jp/